「聖女の首」(横溝正史)

一つ足りないのは「悪企みする聖女」

「聖女の首」(横溝正史)
 (「横溝正史探偵コレクション③」)出版芸術社

ミッション系学校を
卒業した「あたし」は、
父親が急逝したことから
高級喫茶に勤め始める。
そこで「聖女」と
呼ばれるようになった「あたし」は、
同時期に3人の男性から
求婚される。
しかし、彫刻家・江口と
出会ったことから…。

と粗筋を書きましたが、
前回取り上げた「七つの仮面」
何か似ているような…。
そうです。
本作品(昭和23年発表)は、
「七つの仮面」(昭和31年)の
原型となった作品なのです。
本作品に大幅な修正を施し、
「七つの仮面」として
再び世に送り出したのです。
では、その相違点は何か?

最もわかりやすい相違点は、
彫刻家が彫った首が
「6つ」しかないということです。
一つ足りないのは
「悪企みする聖女」です。
作品が大きく変化した象徴が
この「悪企みする聖女」なのです。
一つ足して「7」という
格好のつく数字にしたという
安易なものではありません。

実は本作品は「七つ」と異なり、
「あたし」は衝動的に
江口を殺害しただけで、
「悪企み」はしていないのです。
単純な「犯罪を犯した
女の記録」だったのですが、
「あたし」に「悪企み」させることで、
犯罪ミステリーへと昇華させたのです。

また、本作品は「七つ」とは異なり、
金田一は登場しません。
この「悪企み」が行われたことにより、
それを暴くための「名探偵」が
必要となったのです。

さらに、本作品の「あたし」は
「悪企み」とはまったく無縁の、
文字通りの「聖女」です。
「七つ」のように
多彩な性の遍歴を披露するどころか、
最後まで処女のままです。
筋書きに深みを与えるためには
「あたし」に堕ちてもらわなければ
ならなかったのです。

本作品では母親がいるのに、
「七つ」では早い段階で死別している等、
些末な変更は多々あります。
しかし、この「悪企みする聖女」こそが、
「七つ」への深化の
最重要アイテムなのです。

では、本作品に魅力はないのか?
そんなことはありません。
「聖女の首」は「不幸な女」を描いた
情緒ある作品として
立派に成立しています。

横溝はこのほかにも
かつて書いた短編小説を改稿し、
中編・長編作品として
リボーンさせています。
こうした作品の「before-after」を
探ることによって、
それぞれの作品の奥にあるものを
理解できるとともに、
豊穣な横溝の作品世界を
より鮮明に見ることが
できるようになるのです。

(2019.5.12)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

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